Case T11

原理から学ぶMR画像[2] STIR

1)STIRの基礎

STIRは病変の拾い上げなど,ルーチン検査になくてはならない撮像シーケンスです。
STIRはshort τ inversion recoveryの略であり,脂肪抑制法です。
IRパルスを印加後に脂肪のT1値(約230ms:1.5T)と合わせたTI=160ms前後を設定することで脂肪および脂肪と同じT1値の組織の信号を抑制する撮像法です。
コントラストはT1緩和,T2緩和が相乗的に寄与します(TRが長いのに,T1緩和の影響を受ける)。
磁場の不均一に強いため,主にT2強調像(T2WI)の脂肪抑制の代用として使用しています。

2)解答

Q:次の画像はSTIRと脂肪抑制T2強調像です。どちらがSTIR画像でしょうか?

A


B



【正解はB】

実際は撮像条件を見れば一目瞭然なので,あえて画像のみで見分ける必要はない問題です。
見分ける1つのポイントはFOV端の脂肪抑制不良です。
Bは均一に脂肪が抑制されているのに対して,Aは上下の端で脂肪が高信号(脂肪抑制不良)になっています。 これは脂肪抑制法(CHESS法)によるもので,磁場が不均一な場合に均一に脂肪抑制がかからないためです(詳しい原理は割愛します)。
脂肪抑制T2強調像と比較すると信号強度が異なる組織が多くあります(骨,筋肉,腫瘤内など)。これはSTIRの原理と撮像条件によるものです。
*原理については下のLINKより発表スライドを参考にしてください。

3)STIRの撮像条件

TI,TR,TEを変化させた時のSTIRのコントラストの違いについて解説します。

【TIの違い】

図3 TIの違いによる比較画像(亀田総合病院 永井基博先生のご厚意による,第5回C-MAC研究会発表スライドより引用)



TR 4,000ms,TE 60msにおけるTIのみを変化させました(図3)。 脂肪信号は130ms以降徐々に低下しており,190ms程度で完全に抑制されます。
ただし,190msでは背景組織の信号値も低下しており,実際は150ms程度の方が脂肪信号が低下しつつ,周辺組織の解剖もわかりやすいです。


【TRの違い】

図4 TRの違いによる比較画像



TR以外の条件を同一にし,TRのみ変更した画像です(図4)。 TRが短い場合(TR=500ms)は,脂肪抑制されません。またTRが1,000msのような場合は脂肪は多少抑制されていますが,SNRが極端に低い画像となります。
教科書的に書かれているTIの設定値(160ms前後)はTRをある程度伸ばした時(縦磁化がほぼ回復した時)の値です。TRは2,000ms以上で脂肪は抑制されています。 TRを短くした時はそれに合わせて,TI値も変更しなければなりません(ただしSNRが極端に低いので臨床では使えないと考えられます)。

TRのみを変化させた時の脂肪信号のグラフを示します(図5)。

図5 TRごとの脂肪信号強度



【TEの違い】

図6 TEの違いによる比較画像



最初の問題の画像を示します(図6)。 TEを変更してもどれも脂肪抑制はされています。 しかし,コントラストは異なります。
脂肪抑制T2強調像と同等のコントラストになるのは,40~60ms以上です。しかし,厳密には全てのコントラストが脂肪抑制T2強調像と同じにはなっていないのがわかります(骨や筋肉など)。
つまり,どんなに撮像条件を変更しても原理的にSTIRは脂肪抑制T強調像と同じコントラストにはできません。
TEの設定値により,コントラストは変化します。しかし,コントラストが変化しても全てSTIR画像(脂肪は抑制されている)になります。

まとめ

STIRの撮像条件であるTI,TR,TEについてまとめました。

STIRは撮像条件により,脂肪信号の抑制効果および組織コントラストは変化します。そして脂肪抑制T2強調像とは異なるコントラストになります。よってSTIRを脂肪抑制T2強調像と同様と認識して撮像,読影することは注意が必要です。
一般的な撮像条件はTR 3,000ms以上,TE 40〜80ms,TI 130〜170ms程度(1.5T)が用いられます。
ただし,最適な撮像条件はないため,施設(装置)に応じて部位ごと,疾患ごとに最適な条件の検討が必要になると考えます。

最後に他施設で撮像したSTIRを並べます(図7)。 これらは各施設ごとに提供しているSTIR画像です。 このように,見た目は異なりますが,脂肪抑制されているという点ではどれもSTIR画像であることがわかります。


図7 施設ごとのSTIR画像



以上,原理や撮像条件を理解することで自信を持ってSTIR画像を提供できると考えます。

C-MAC勉強会で講演したスライドのlinkはこちら
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● Doctor's Comment ●

 STIRは私の最も好きな撮像法のひとつです。病変の検出が容易で,数ある撮像法の中で傑作のひとつだと思っています。その理由を述べさせていただきます。

● 緩和時間で病変と正常組織が識別できる!? ●
 MRIの出発点は1971年,サイエンス誌に掲載された,Damadianによる”核磁気共鳴を使えば緩和の延長した腫瘍と正常組織を識別できる”とする発表です。その後,多くの研究者により説の検証,画像化が試みられ,現在の状況へと進歩してきました。

● MRI信号とは ●
 MRIの信号はプロトン密度,T1緩和,T2緩和,流れなど多くの要素で構成されています。基本となる緩和時間は信号回復過程を示す縦緩和をT1,信号持続時間を反映する横緩和をT2というパラメーターで表し,基本的に病変(炎症,悪性腫瘍)はT1,T2ともに緩和時間の延長を示します。
 MR画像には多くの要素が混在しているため,画像に明確な意味を持たせるために,強調像という形で目的の要素を強調,それ以外を抑制して撮像されています。ここで問題なのはT2強調像はT2緩和の延長した病変を高信号に表現します。一方,T1強調像は短いTRや大きなFA(フリップ角)を利用してT1が短いものが高信号となるような撮像法で,緩和の延長した病変は低信号となります。つまり,緩和の延長する病変はT2強調像では高信号,T1強調像では低信号と逆のパターンを示します。

● 縦緩和(T1)延長が高信号 ●
 STIRは縦磁化を負の方向に逆転させる反転回復法に脂肪の信号がなくなる短いTIを用いることにより作成されています。緩和の延長した病変は縦回復が遅いため,短いTIの時点では負の大きな縦磁化を持っています。90度パルスによりXY平面に倒された縦磁化は正負に関係なく,その絶対値を反映した横磁化となります。このため他の撮像法では低信号を示すT1の延長した病変がSTIRでは強い信号を示すことができます。これにTEの変化でT2緩和を加えることにより,緩和時間の延長した病変が明瞭な高信号として描出されます。これがSTIRの大きな特徴です。

● 安定した脂肪抑制,さらに抑制程度の加減可能 ●
 STIRの脂肪抑制は,脂肪組織のT1値が短いことを利用して脂肪の縦磁化が0になったタイミング(TI)で90度パルスを印加し,脂肪からの信号を抑制して行います(本文参照)。邪魔な脂肪の高信号が抑制され,軟部組織のコントラストが良好となります。
 スピンエコー系の撮像で,かつ比較的おおらかな縦緩和時間の違いを利用した撮像法のため,静止磁場の不均一には強く,安定した脂肪抑制画像が得られます。頸部や関節など磁場不均一が大きい部位やDWIBSの脂肪抑制としても利用されています。
 さらにSTIRの優れた点は,TIを少し変えることにより,脂肪の抑制程度を加減することができることです(本文参照)。肩関節などほとんど関節液しか見えなくなるような部位では少し脂肪が見えるようにTIを少し短く設定することにより,オリエンテーションのつきやすい画像にすることができます。信号雑音比(SNR)の改善も得られます。

● STIRの欠点 ●
1.緩和時間の違いを利用しているため,脂肪を選択的に抑制している画像ではない
  脂肪性病変と出血性病変などT1短縮を示す病変の区別が困難
  造影後の撮像では造影された部分の信号が低下するため使用しない
2.信号雑音比が低い
  十分なTRとTI値を少し短く設定することで,ある程度克服可能

【まとめ】
 STIRはT1延長病変を高信号として表示でき,脂肪抑制により軟部組織のコントラストが良好な画像が得られます。さらに脂肪抑制の加減も可能です。
 本文で示されているように,TR,TI,TEの設定により画像がダイナミックに変化します。それだけ工夫のしがいがある撮像法です。各施設,撮像部位により最適な撮像方法を検討することにより,効果的な検査を行ってください。


【出題・解説】
佐藤 広崇(草加市立病院 放射線科)
田中 宏(ケイエスクリニック)