1章 炎症 A.急性虫垂炎基礎01

症 例
52歳,女性.2日前から右背側から腹部の痛みを認め徐々に増悪したので救急外来を受診.体温 38.6度.McBueney's pointに反跳痛と筋性防御を認めた.WBC 7,800/μL,CRP 7.3mg/dL.
はじめに

いよいよ最初の症例です.症例解説ではステップ読影の手順を詳細に記述することにしました.画像のどの部分を見るのかを覚えてもらうためには,どうしても客観的な記述が必要になり,その結果,長文の解説になってしまいました.

最初は煩雑な手順と思うでしょうが,筆者は読影の時にはこの手順を瞬時に判断しています.画像診断は技術です.問題のある部分を素早く見抜く力が必要です.最初はすぐに所見を見つけることができなくても,繰り返して学習するうちに必ず素早く判断できるようになります.そしてそのレベルまでスキルがつけば,不思議なくらい診断が容易になります.

ステップ読影の一連の流れは,筆者が読影しているときに疾患の頻度や過去の経験などから頭の中で想起していることを,理解しやすいように読影手順やアルゴリズムなどを理論立てて体系化したものです.この考え方を習得することで,画像診断技術だけでなくベテラン外科医の臨床推論力もマスターできるようになります .腸管読影技術は一生の武器になりますので,繰り返し学習して自分のものにしてください.

それでは,読影の流れを解説します.

まず, ルーチン読影を行ってもよいですが,この症例は右下腹部痛で腸管が腹痛の原因の可能性が高く,ルーチン読影を飛ばして腸管ステップ読影を選択します.これ以降の症例も腸管の疾患の画像になるのでルーチン読影の解説は所見がなければ省略します.

Step1背景の6つの間接所見を確認

病態の絞り込み

1) Free air(穿孔系) (-)
2) 胃・小腸・大腸の液貯留(閉塞・捻転系,炎症・血流障害系)
①胃 (-)
②空腸領域 (-)
③回腸領域 少量(+)
④盲腸 少量(+)
⑤下行結腸 少量(+)
⑥直腸 (-)

重症度判定

3) 腹水(腹腔内の広がり)
①肝周囲(右横隔膜下) (-)
②脾臓周囲(左横隔膜下) (-)
③Morison窩 少量(+)
④右傍結腸溝 少量(+)
⑤左傍結腸溝 (-)
⑥小腸間 (-)
⑦骨盤腔 少量(+)
4) IVC虚脱(全身への影響,脱水・輸液量の評価) (+)
中等度扁平化(+)

原因部位の同定(特急券)

5) Dirty fat sign(問題部位近傍) (+)
上行結腸周囲に(+)
6) 腸管浮腫(直接所見のことあり) (+)
上行結腸に(+)

Step27つの病態別読影アルゴリズムを選択

[狙い撃ち読影ができる特急券]Dirty fat sign(+),腸管浮腫(+)

特急券があれば同部位を狙い撃ち読影してよいのですが,慣れるまではアルゴリズムを選択したほうが診断しやすいため,この症例ではアルゴリズムを選択することにします.
技術が身についたと感じるようになったら狙い撃ち読影してみてください.

以下アルゴリズム選択方法を記載します.

1.Free air(+):【穿孔系コンボ】

[胃・十二指腸穿孔アルゴリズム]

[小腸・大腸穿孔アルゴリズム]

2.胃・小腸・大腸液貯留(+):【腸管内液貯留コンボ】

1)多量:閉塞・捻転系(例外:捻転・腸重積・絞扼初期)

a) 胃→[胃・十二指腸閉塞アルゴリズム]

b) 空腸・回腸領域→[小腸閉塞アルゴリズム]

c) 盲腸・下行結腸・直腸→[大腸閉塞アルゴリズム]

2)中・少・無:炎症・血流障害系
[炎症+血流障害アルゴリズム]
(虚血腸管があれば[血流障害アルゴリズム]へショートカット)

本症例では,Free air(-)なので[腸管内液貯留コンボ]選択,腸管内液貯留多量でないため[炎症+血流障害アルゴリズム]を選択し,最初に[炎症アルゴリズム]に沿って読影を行います.ここで[小腸閉塞アルゴリズム]を選択しないよう注意してください.[小腸閉塞アルゴリズム]は,小腸の拡張が明瞭で液貯留が多量のときに選択します.本症例では骨盤部に小腸内に断続的な液貯留を認めます.Kerckringヒダが描出されていないし,液貯留腸管の距離も短いので少量の液貯留と診断します.

Step3アルゴリズムに沿って読影

[炎症アルゴリズム]の読影は以下になります.

  1. Dirty fat sign,腸管浮腫部位の狙い撃ち読影
  2. 虫垂炎狙い撃ち読影は全例
  3. 右下腹部痛は腸間膜リンパ節炎狙い撃ち読影
  4. 上腹部痛は胃・十二指腸の炎症の確認
  5. 大腸の追跡読影:大腸炎,憩室炎,虚血性腸炎
  6. 小腸浮腫・拡張,dirty fat signの確認:小腸炎
  7. 腸管閉塞・血流障害の除外

「1. Dirty fat sign,腸管浮腫部位の狙い撃ち読影」から読影をしていきます.

1.Dirty fat sign,腸管浮腫部位の狙い撃ち読影

結腸の炎症性疾患で頻度の高いものを想定しながら読影します.
上行結腸の浮腫腸管を追跡すると盲腸には石灰化した糞石を伴う憩室を認め周囲の炎症が著明です.浮腫腸管は10cm以内であり盲腸憩室炎と診断.しかし,右下腹部の炎症なので,虫垂炎と腸間膜リンパ節炎は否定しておきます.

2.虫垂炎狙い撃ち読影は全例

虫垂は正常です.

3.右下腹部痛は腸間膜リンパ節炎狙い撃ち読影

腸間膜リンパ節の腫大は認めません.

4.上腹部痛は胃・十二指腸の炎症の確認

胃・十二指腸の炎症は認めません.

5.大腸の追跡読影:大腸炎,憩室炎,虚血性腸炎

盲腸の炎症は認めません.

6.小腸浮腫・拡張,dirty fat signの確認:小腸炎

小腸浮腫・拡張,dirty fat signは認めません.

7.腸管閉塞・血流障害の除外

炎症部肛門側に閉塞性の病変は認めません.

また,右下腹部の症例なので最初に虫垂炎を疑い狙い撃ち読影しても良いです.本症例は虫垂炎の読影プロセスである上行結腸から回盲部の解剖関係を確認する作業を行うなかで憩室炎の診断ができると思います.

診 断

盲腸憩室炎,正常虫垂

IVCの虚脱を中等度認めるので脱水傾向ですので,抗菌薬治療に加えて十分な補液を行うべきです.
正常虫垂は全例で同定することはできませんが,本症例では正常な虫垂が描出されています.虫垂炎の診断には,クライテリアを満たす炎症性に腫大した虫垂を同定して,盲腸との連続性を確認することが重要であることを教えてくれる症例です.回盲部の炎症が著明なだけで虫垂炎と診断はできないのです.